おっさん提督の艦これ日誌

艦これメインで、趣味を綴る日誌

おっさん提督のチラシの裏⑯

~forget me not~


16.【束の間の安息】


「人生ってのは、どこでどう転ぶか分からんものだなぁ・・・」


救援を待つ間の仮住まいとして、崩れかけていた建物のを修繕をしながら
男は傍らに居る人物に、そう語りかけた。


その人物とは、先日の戦闘後に出会った”港湾棲姫”である。


「ソウ、ダナ。」


自身の腕に人間の幼子を抱えながら、男に言葉を返す。
 


この、”人間”と”深海棲艦”の奇妙な出会いから、はや数週間が経っていた。


港湾棲姫は、毎日ではないが数日に1度、こうやって島に上陸しては
男が助け出した幼子の面倒を見るようになっていた。


こんな光景、一体誰に信じてもらえるだろうか?
いや、おそらく信じる者などいないだろう。


何故なら、方や人間、もう一方は深海に棲む者。
少し場所を変えれば、この二種族はお互いの命を奪い合う戦争をしているのだ。


互いが仇敵と罵り合うか、畏怖の対象として逃げ出す。
それが今まで飽きる程、方々で見られた光景である。
 


だが、現実にこの二人はお互いを傷つける事も、自身から遠ざける事もせず
言葉を交わし、小さな生命を守っている。


まるで、それが当たり前の様に。
 


しかし、この関係がいつまでも続くとは、男も港湾棲姫も思ってはいない。


いつかは互いの本来の場所に帰り、戦争が続く限りは、戦場で出会ったならば
お互いを守るために、お互いを傷つけあう事になるだろう。
 


もしかしたら、今こうしている事は夢なのかもしれない。
でも、夢であるならば、出来るだけ長く覚めないでいて欲しい。
 


「「せめて、ここにいる間だけでも。」」
 


「ん?」
「ナっ?」


お互いの顔を見た次の瞬間、どちらからとも無く二人が笑い出した。


「まさか、同じ様な事を考えていたとは思わなかったよ。」
「フフッ、全くダ。」
 


もし自分が家庭を持っていたら、こんな感じなのだろうか?


何かを守る為に、互いが支え合っていく。


「中々、いいもの……なのかも、な。」


「ン?ナンノ事ダ?」
「いや、ただの独り言だ。」


男はそう言って、再び作業を続けた。


 


辺りが暗くなり始め、陽が水平線に差し掛かった頃
男は一人浜辺に座り、海を眺めていた。


砲撃音や爆発音のしない、静かな海だ。


暫くすると、幼子を抱えた港湾棲姫も隣に座り
同じ様に海を眺めていた。


少しの間、二人とも黙って海を眺めていたが、男が不意に
港湾棲姫へ問い掛ける。
 


「なぁ、聞いてみたい事があるんだが、いいか?」
男は隣に座っている港湾棲姫に話し掛ける。


「……ナンダ?」


「お前さんは、今のこの状況、人間と深海棲艦の争いをどう見ている?
多分、お前さんは俺たち人間で言う所の指揮官クラスで、表面上は言いにくいだろうから
あくまで個人的な意見として聞いてみたい。」


「私自身ノ、考エ……カ。」
 


港湾棲姫は、自身の考えを纏めるかのように、じっと目を閉じていた。


正直な話、彼女もこの争いについて思うところが無かった訳ではない。
ただ、自身の考え方を伝える相手が居なかっただけの事。


だが、今目の前にいる人間は、自分にその意見を求めている。
”自分の敵である者にも拘わらず”だ。


いや。
今、そんな風に思う事自体が無意味であろう。


深海と人間、その関係を抜きにして、この男は問い掛けている。


そう考えた港湾棲姫は、男に問いを返した。
”彼女自身の、個人的な意見として”


「私ハ、争いヲ好ンデイル訳デハナイ。
マァ、中ニハソウイッタ奴モイルガ……。
出来ル事ナラバ、静カニ暮ラシタイ。タダ、ソレダケダ。」


すると、彼女の言葉を聞き終わった男が、急に大声で笑い始めた。


余程大きな声だったのだろう。
港湾棲姫が抱かかえていた幼子が、驚いて泣き出してしまった。


それをあやしながら、少し怒った様に男に話し掛ける。


「……何ガソンナニ可笑シイ?私ノ意見ヲ聞イタノハオ前ダロウ?
ソレヲ笑ウナド」


「いやいや、すまない。別にお前さんの意見を笑ったわけじゃないんだ。
まさか、深海側にそんな考えを持ったやつがいるとは思っていなくてな。
他意はない。もし、誤解されたなら謝る。この通りだ。」


男はそう言って、彼女のほうへ向き直り、頭を深々と下げて謝罪の意を表した。
 


「……マァ、イイ。ソレデ、オ前ハドウナノダ?コノ争イニツイテ
ドウ思ッテイル?」


「俺か?それはもう、聞くまでも無いだろう。お前さんと同じで、出来るなら
争いたくは無い。そういったものを好まない環境で育ったからな。」


そう言って、男は即答した後、自身の生まれ育った土地について話し始めた。


男の生まれ育った場所は、とある漁村である事。
その漁村では、争いごとを好む者は殆どおらず、自身もそう教えられた事。
幼い頃に、傷ついた深海棲艦を助けている場面も見ている事。


流石に深海棲艦を助ける事には違和感を覚えたが、
母親に『困っている者を助けるのは当たり前だ!』そう言って怒られた事。
 


「にわかには信じ難い話かもしれんが、俺の育った場所はそういう所だったんだよ。」


「……確カニ、信ジガタイ話デハアルナ。ダガ……」


そう言って、港湾棲姫は男の話を聞いている際、ふと疑問に思った事を聞いてみた。
 


「ダガ、ナゼオ前ハ、争イニ加ワッテイルノダ?」
 


男の話を聞いていただけなら、そういった集落があるかもしれないと頷ける。
しかしそこで育ったというのなら、合点がいかない事がある。


それは、男が”軍人”であるという点だ。


争い事を好まないのであれば、軍人などにならなければ良かったのではないか?
故郷の漁村で、魚を捕ったりして静かに暮らせばいいだけではないか?
それなのに何故争い事に、しかも最前線にいるのか?


港湾棲姫の問いに、男は苦笑しながら、こう答えた。
 


「”臆病者” そう言われたからさ。」
 


男の答えを聞いた時、港湾棲姫は戸惑いの表情を浮かべた。


「……タッタ、タッタソレダケノ事デ、カ?」


「まぁ、他人からすればそう思われても仕方が無いな。
でも、自分だけに向けられた言葉ならば受け入れられたが
故郷の人間、しかも自身の親に向けられたものは、
到底受け入れられるものではなかったんだよ。」


苦笑しながら男はそう答えた後、こう言葉を繋げた。


”売り言葉に買い言葉、その流れで軍人になった”と。


「軍人になる。そう親に告げた時はそれはもう散々文句を言われたよ。
だが、最後は”しっかりやって来い!”そう言って送り出してくれたんだ。


ま、格好をつけた言い方をすれば”男の意地”ってやつかな?ははっ。」


そう言って男は笑ってみせる。


『男の意地、か』


男の話を黙って聞いていた港湾棲姫だったが、ふと、自身の感情に
僅かではあるが、変化が起きているのを感じていた。


それは今まで感じたことの無いもの、しかし、悪い気分ではないもの。


この男と出会い、話をしているうちに、
”もっと話をしてみたい”
”もっと人間の事を知りたい”


今までは、自身の生活を脅かす、ただの排除すべき敵としか認識していなかった
”人間に興味を持ち始めた”のだ。


「フ、フフッ。面白イナ、人間ト言ウノハ。
モット、モット聞カセテクレナイカ?
オ前ダケデナク、人間ノ事ヲ、モット知リタクナッタ。」


「勿論いいともさ。お前さんにはその子供の面倒を見てもらっている恩義もある。
話せる事であれば何でも答えるから、どんどん聞いてくれ。」


 


それからというもの、港湾棲姫は男のもとを訪れては、幼子の世話をするだけでなく
人間についての話を聞き、男はそれに答え、男もまた、深海棲艦についての話を聞く。


今までお互いが知らなかった知識を増やしていき、
少しずつ、お互いの距離を縮めていった。


まるで今まである筈だった、空白の時間を埋めていくかの様に……。


人間と深海棲艦。
今まで決して交わる事の無かった二つの種族。


「「このまま暮らすのも、悪くは無い。」」


二人は、そう思う様になっていた。
 


しかし、数日後。
 


二人の思いは、哀しい現実によって引き裂かれる事となる。

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