おっさん提督の艦これ日誌

艦これメインで、趣味を綴る日誌

おっさん提督のチラシの裏⑲

~forget me not~
19.【偶然と言う名の必然】



人間の男と深海棲艦によって、その生命を救われた幼子が
”一道”と名付けられてから数週間が過ぎた頃、漁村に小さな変化が起こる。



「ほーら、一道。こっちだこっち!」
「一道ちゃん、こっち向いて~!」


名前を付けてからというもの、村人たちが家にやってきては
代わる代わる一道をあやす光景が増えたのだ。


もっとも、今までも家に来る事はあったが、それが増えた原因はやはり
港湾棲姫がこの村での生活に、より深く馴染んだ事であろう。


その最たる例として……


「全ク……一道ハ、オモチャデハナイノダゾ?」


「まぁまぁ、静流(しずる)さん、そんな固いこと言うなって!
一道は、言ってみりゃ俺たち皆の子供みたいなもんじゃないか。」


「ワ・タ・シ・ノ・コ・ド・モ・ダ!」


港湾棲姫がそう言い返すと、周りから大きな笑い声で溢れかえり
彼女も一緒に笑っている。



そう。


港湾棲姫は自身の名を、村人に明かしたのだ。



何故そういう経緯になったかは、老女とのやり取りにあった。



「なんだか、いつまでも他人行儀な気がするねぇ。」


「何ダ?突然ニ。」


「いやね、いつまでも『アンタ』とか『アナタ』とかで呼び合うのもどうかと思ってね。
出来れば名前で呼べたほうが、村の皆とも近くなるんじゃあないかい?」


「フム……確カニ、ナ。デハ、私ノ名前ヲ教エヨウ。
私ノ名ハ、静カニ流レル、ト書イテ”シズル”トイウ。」


すると、驚いた様子で老女は言う。


「こりゃ驚いた!そんなにあっさりと名乗ってくれるとは思わなんだ。
てっきり、複雑な事情でもあるのかと思ってたよ。」


「別ニ、ソンナモノハナイ。
ソレニ、誰モ聞イテコヨウトシナカッタシ、ナ。」


そう言って、悪戯っぽく笑みを浮かべながら答える港湾棲姫に
老女もやり返す。


「あっはっはっ!そりゃあんたが怖かったせいじゃあないのかい?
そうだよね~、一道?」


「コンナニ優シイ母親ヲ前ニシテ、何ヲイッテイル?
ソウダヨナァ?一道?」


そんな二人のやり取りを見て、一道は無邪気に笑っている。



港湾棲姫の話によると、全ての固体に名前がある訳ではないが
一部の上位固体には名前のある深海棲艦がいるとの事だ。



「そうかい。静流さんというのかい。アンタらしい、いい名前だね。


ワタシはね、初枝だよ。”時任 初枝”
まぁ、こんな婆さんだけど、改めてよろしく頼むよ、静流。」


「アァ、コチラコソダ、初枝。」



『アンタ』から『静流』
『アナタ』から『ハツエ』


二人が互いに名を呼び合う姿を見ているうちに
他の村人たちも、より親近感を抱いたのだろう。


今では静流に対し、距離を置く者などおらず
より深く交流をするようになっていた。







~漁村近くの海域にて~


「大尉……本当に、本当にこれでに宜しいのでしょうか?」


「何度も言わせるなよぉ~、中ぅ~尉ぃ~。
それとも、他に何かいいアイデアでもあんのかぁ?」


「で、ですが……」


「く~どいんだよ!お前はぁ!じゃあ何かぁ?これから向かうあいつの実家で
『あんたの息子は、深海棲艦と仲良くしてたので、反逆罪で処刑しましたぁ~!
ついでに、家族のあんたらも同罪で~す!』とでも言えば満足なのか?あぁん?」


「そ、それは……それは自分には、言えません。」


「そうだろう?大体俺は、あいつの事は前から気に入らなかったんだよ!
何かにつけて『争いはよくありませ~ん』とか言いやがってよぉ。
だったら何で軍人になったんだっつ~の!」


あまりの剣幕に、下士官は何も言い返す事が出来ず、ただ俯くしか出来なかった。


「ただ、あいつは谷崎のお気に入りだったし、変に勘繰られでもしたら不味いからな。
その辺は俺が”上手く上に掛け合ったお陰”で、あいつの親族はお咎め無しになったんだからむしろ感謝して欲しいくらいだぜ。違うか~?」


「……はい。」


「いいかぁ?もう一度だけいうぞ~?
ヤツに関する報告は俺が親族にするから、お前は一切喋るな。
わ・かっ・た・か?神保中~尉殿?」


「了解……しました。」






~漁村近くの海岸~


『ふぅ……今日はこのくらいでいいだろう。
初枝たちも喜んでくれるといいが……』



静流は、このままただ居候しているだけでは申し訳ないと思い
何か自分に出来る事は無いかと考え、思いついたのが魚介類の漁であった。


最初は漁師達と一緒に遠洋に出るつもりでいたのだが
『もし軍艦に見つかりでもしたらどうするんだい!』と、
初枝にこっぴどく叱られた為、仕方なく近場の海で潜って漁をする事になった。



「タダイマ。初枝、今日モ沢山トレタゾ。」


家に帰ったものの、家の中は誰もいない様子で、返事は返ってこない。


『一道を連れて、まだ畑にでもいるのか?』


そう考え、畑へ向かおうとした時、居間にある箪笥の上に置いてあるカメラと
小箱が目に付いた。


先日、初枝が静流と一道を撮影する時に使用したカメラだ。


『何度見ても、不思議な機械だ。人間は器用なのだな……
うん?なんだこの箱は?』


何気なしに箱の蓋を開けてみると、中には沢山の写真が入っていた。


風景や、他の村人たちと一緒に写っている写真だけでなく、
若い頃の初枝と思われる女性に、寄り添うようにしている男性との写真もあった。


もう既に亡くなっていると聞いている、初枝の伴侶だろう。
写真に写っている二人の表情を見ただけで、二人の仲をうかがい知る事が出来る。


『あぁ……いつか、私もあの男とこんな風になれるのだろうか?』


そんな事を考えながら写真を見ていると、思っても見なかった
1枚の写真を目にする。


その写真には、初枝と一緒に軍服を来た若い男が写っていた。


「コ、コノ男ハッ!」


静流は、思わず声を上げてしまう程に動揺していた。


まさか、そんな……



「おや、昔の写真を見てたのかい?」


静流が後ろを振り向くと、一道を抱えた初枝が立っていた。


「アッ、イヤ、スマナイ。勝手ニ見ルベキデハナカッタ。」


「別に構わないよ。むしろそれを見て、私の若い頃を褒めてくれてもいいんだよ?
なんてね。あっはっはっ!」


しかし静流は、初枝の冗談さえも通じないほど動揺し、
一枚の写真を手にしたまま、動けずにいた。


「ん?どうしたんだい、静流。あぁ、その写真かい?それは」


「初枝!コ、コノ写真ノ男ハ、イッタイ誰ダ?」


「な、なんだい急に。ちょっとは落ち着きんさい。その男は”私の息子”だよ。
前に話した、軍人になった息子さね。」


その答えを聞いた静流は、力なく床に座り込んでしまった。


「ちょ、ちょっと静流!大丈夫かい?どこか気分でも」


「初枝ノ……息子?……本当ニ?」


「あぁそうだよ。それは私の息子の正義(まさよし)。時任 正義だよ。」


「……マサカコンナ、コンナ事ガ、アルノカ……」


初枝から息子の名前を聞いた静流は、そう呟いた後
溢れ出る涙を抑えることが出来なかった。


その写真に写っている男は、静流があの島で出会った人間。
今、こうして人間と触れ合えるきっかけを作ってくれたあの男が
もう一人の人間の恩人である、初枝の息子だったのだから。



暫くの間、驚きと喜びの入り混じった様子の静流だったが
少しずつ落ち着きを取り戻し、自分が島で出会った男が
初枝の息子であった事を話した。



それを聞かされた初枝も、最初は驚いた様子を見せていたが
話を聞き終わる頃には、嬉しそうに笑顔を浮かべ、


”そりゃあ、私の自慢の息子だからね”


そう言って、笑っていた。



そしてその日は夜が更けるまで、静流から息子に関する質問攻めに合ったが
疲れた様子など見せず、初枝も当時を懐かしむ様に話しを聞かせた。



寝床に入ってからも、静流の頭の中はは初枝の息子の”正義”の事で
いっぱいになっていた。


『正義……か。いい名前だな。
もし、会って真っ先に名前を呼んだらどんな顔をするかな?
まさか初枝と暮らしているなんて、思いもしないだろうから
きっと驚くだろうな。
明日もまた、初枝に色々と教えてもらおう。』


そんな事を思いながら、静かに目を瞑り、幸せな気持ちを抱きながら
眠りについた。





~翌朝 海岸にて~



「おい、あれ見ろよ。あれって軍艦じゃないか?」


「……あぁ!間違いない軍艦だ!なんでこんな所に。」



普段であれば、海沿いのこの村で軍艦を見かけるくらい、どうと言う事は無いが
今、村には静流がいる。


万が一、静流が軍人に見つかりでもしたら、どうなるかぐらいは容易に想像がつく。


「俺たちが軍艦の様子を見ているから、お前は早く初枝さんと静流さんの所へ!」


「あぁ、分かった!」


『折角馴染んでくれた静流さんを守らにゃあ……』


漁師達は自分たちの作業の手を止め、手分して行動を開始する。




伝達を請け負った漁師が家に着くと、丁度初枝が家から出てくる所だった。


「は、初枝さん!大変だ、大変だよ!!」


「なんだい、朝っぱらから騒々しいねぇ。」


息を切らせながら初枝のもとにやってきた漁師を、怪訝そうに見ながら
小言を言う。


「あぁもう、小言は後にしてくれ!それよりも、静流さんはいるのかい?」


「だから、一体何が」


「”軍艦”が来たんだよ!もう直ぐ近くまで来てる!」


その一言で合点がいった初枝は、すぐさま漁師へ伝える。


「アンタは他の皆に伝えておくれ!”この村にはなにもない”
わかったかい?」


「あぁ、分かってるって!静流さんの事は頼んだよ!」


そう言うと、漁師はすぐさま別の家へ向かって走っていった。



「さぁて……軍人が、こんな所へ一体何をしに来たのやら……」


そう言って、初枝は来るべく事態に備え始めた。

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