おっさん提督の艦これ日誌

艦これメインで、趣味を綴る日誌

おっさん提督のチラシの裏⑱

~forget me not~


18.【母親として】


「そうかい……そんな事があったんだねぇ……。」


港湾棲姫がここに流れ着いた経緯を話をしている間、
老女は時折相槌を打ちながら、ただ静かに聞いていた。


そして港湾棲姫が話を終えると、側で寝ている幼子を彼女に抱かせ
こう言った。


「それなら、この子はアンタがしっかりと面倒を見なきゃいけないね。
なぁに、心配はいらんさね。私らも手伝うよ。
そしてまたその男に会えた時、”私が育てた!”って自慢してやんなさい。」


「スマナイ……。」


「そんな他人行儀な言い方はしなさんな。
アンタさえよければ、ここはあんたの家。
私の事は家族と思ってくれていいんだよ。」


”家族”


港湾棲姫はこの言葉に、心地よい響きを憶える。
まさか、あの男以外の人間に対し、自分がここまで心を許すとは思いもしなかった。
出会って間もない、しかも本来敵である自分に対し
分け隔てなく接してくれる老女には、そうさせる雰囲気があった。


「ア、アリガトウ。」


老女の言葉を聞いて、港湾棲姫はそう返した。


 


それから一月ほど経った頃、身体の傷もすっかりよくなった港湾棲姫は
老女だけでなく、他の村人たちとも少しずつ仲を深めていく。


初めのうちは、その姿形から近寄りがたく思っていた村人たちも
穏やかな雰囲気を持つ港湾棲姫に引き寄せられるように話しかけ
港湾棲姫もまた、様々な村人と触れ合ううちに、
より深く人間を理解するようになっていった。
 


 


「だいぶ笑えるようになってきたじゃないか。」


いつもの様に幼子をあやしていると、老女が声を掛けてきた。


「ソウカ?ダトシタラ、ソレハ貴女ガタノオカゲダ。」


「私らはなんもしとらんよ。」


「ソンナ事ハナイ。トクニ、貴女ハコノ私ニヨクシテクレル。
ホントウニ感謝シテイル。」


そう言って謙遜する老女に、感謝の意味をこめて頭を下げるが
照れくさそうにしながら老女は言葉を返す。


「よしなよそんな事は。私らは好きでやっているんだから。
そんな事より、今日来たのはアンタにいいものをやろうと思ってきたんだよ。」


そう言って老女は、持ってきた鞄の中から一つの機械を取り出す。


「……ソレハ?」


「これはね、カメラと言って物を写す機械だよ。
時間っていうのは流れるけど、これで写した物はその時のまま、
ずっと残しておけるんだよ。
さぁさぁ!二人を撮ってあげるから、こっちへおいで。」


そう言って老女は二人を手招きし、見栄えのする場所を選び
カメラを構えてシャッターを切る。


「うん、良く撮れたよ。ほら。」


カメラから排出された1枚の写真を手渡し、満足そうにしている老女。


「……コレハ、私ナノカ?」


手渡された写真には、まるで本当の母親が自分の子供を慈しむ様に
抱きかかえている港湾棲姫が写されていた。


まさか、自分がこんな表情をしているなんて……
港湾棲姫は戸惑いの表情を見せる。


「写真は”人の心を写す鏡”と言われていてね、私にはアンタの事がその写真の様に
見えているって事さね。
それと、これも良かったら貰ってくれるかい?」


そう言って、老女は小さな箱を港湾棲姫に手渡した。


彼女が、手渡された箱を開けてみると、中には青い花を象った髪留めが入っていた。


「綺麗ダ……」
思わずそう、呟く。


「その花自体は、そう珍しいものではないんだけどね。
青い色がアンタに合うかと思って、拵えてみたんだよ。」


「……コノ花ハ、ナントイウ名前ナノダ?」


「この花の名前は”勿忘草”と言う名前でね、
”私を忘れないで” ”真実の友情” そんな意味を持つ花だよ。」


「友情……カ。イイ響キダナ。
シカシ、今ノ私ハ、ソノ気持チニ返セル物ガナイ……」


「またそんな事を言う。さっきも言ったけど、
ワタシがアンタに贈りたいと思って拵えたんだから、黙って受け取っておくれよ。ね?」


「ソウ、カ。デハ、アリガタクイタダク。
デモイツノ日カ、何カノ形デ、礼ヲサセテモラウゾ。」


「あっはは!それじゃあ、その日を楽しみに待ってるよ。
それまで長生きしなきゃだね。」
 


『あぁ、楽しい。楽しいなぁ……人間と話しをする事がこんなにも楽しく
心が安らぐものだとは……』


全てはあの人間の男と出会えたからだ。


またあの男に会いたい。
1日でも早く。


そんな事を考えながら、貰ったばかりの写真と髪留めを幼子に見せながら
再びあやし始めた。


「こうしてみると、本当の親子に見えるねぇ……」


二人の様子を眺めていた老女が、ポツリと呟く。


「ソウ、ナレレバイイノニナ。マァ、仕方ノナイ事ダ。」


そう。


自分は深海に棲む者。


出来うる事ならこの子と一緒に、あの男と再び出会えるのを
この場所で待ち続けたい。


だが、ここの村人達は認めてくれていても、他の人間たちには
到底受け入れては貰えないだろう。


”この身に変えてもこの子を守る”


あの男との約束は、決して偽りの無い自分の本心だ。


だが、この子の将来を考えた時、本当にこのままでいいのか?


そんな風に、港湾棲姫が自問自答していると、老女が話し掛けてきた。
 


「少し、外を歩いてみないかい?散歩するには、もってこいの陽気だよ。」


「……アァ、ソウシヨウカ。」
 


港湾棲姫は、外の景色を見るのは嫌いではない。
事あるごとに理由をつけては、外に連れ出し、様々なものを見せてきた老女は
それが分かっている。


だからこそ、何かを考え込んでいるように見えた港湾棲姫を外に誘い
気晴らしをさせようと思ったのだ。


”あれは何だ?”
”・・・だよ。”


”これは?”
”これはね・・・”


港湾棲姫にとっては、目に映るもの全てが真新しく、老女にとっては
それらを教える事が、自身の楽しみでもあった。


いつもの様に話をしながら三人で歩いていると、何かを見つけたのか
港湾棲姫が立ち止まり、道端にしゃがみこむ。


「どうかしたかい?」


「コレ……勿忘草、ダッタカ?」


「そうそう、もう覚えたんだね。」


老女にそう言われると、港湾棲姫は気恥ずかしそうに笑みを浮かべた。
 


「マァ、ナ。コレハ、私ノ好ミノ色ダカラナ。海ノヨウニ碧く、
心ガ安ラグ。」


「気に入ってくれて、私も嬉しいよ。そんなに気に入ったのなら
この辺りには沢山生えているし、少し摘んでいって家に飾るといいよ。」


「アァ、ソウスルトシヨウ。
ダガ、コノ子ハ男ダ。ハタシテ、喜ンデクレルノダロウカ?」


「あっはっはっ!そんな心配はないだろうよ。親が好きなものを嫌う訳が無い。
むしろ、それがいつも側にあれば、きっと優しい子に育つんじゃないのかい?


私達には”親の背を見て子は育つ”っていう諺があってね、子供の成長は
親次第。まぁ、それが全てじゃあないけど、影響は大きいものさね。」


老女はそう言って笑い飛ばした。


「ソウカ。ナラバ、貴女ノ子ハ、サゾカシ立派デ優シイ人間ナノダロウナ。」


「う~ん……どうだかねぇ。今は何処に居るのやら。
軍人になってからは、ちっとも帰ってきやしない。」


「軍人……ソウ、カ。スマナイ、聞クベキデハナカッタ。」


老女は港湾棲姫の様子を見て一瞬、気まずそうにしたものの、すぐさま言葉を繋げる。


「ま、軍人といっても色々あるからね。それに便りが無いのは無事な証拠というし、
そのうちひょっこり顔を出すだろうよ。
だから心配はしとらんよ。」


「……貴女ハ強イナ。イヤ、ソレガ、”親”トイウモノナノカ?」


「そう、かもしれないね。でも、母親ってのは子供が居ると自然と強くなるものだよ。
”守らなきゃいけない”ってね。」


「母親、カ。デモ、私ニ、母親ガデキルノダロウカ?」


自分はこの子に何をしてやれるのだろう?
何を遺してあげられるのだろう?
常にその不安が付きまとう。


そんな風に考えながら、その手に抱いた子供を見ると
彼女の不安を吹き飛ばすように、無邪気に笑っている。


「それが、その笑顔が答えなんじゃあないのかい?
その子には、アンタが必要なんだよ。”母親”として、ね。」
 


そうか。


至極簡単な事ではないか。


私は、この子が幸せと感じられる母親になればいいのだ。
何も人間である必要など無い。
今この子は、私に抱かれて笑っている。


”私がこの子にとっての母親なのだ”
 


「どうやら、迷いは晴れたようだね?」


「アァ、ソウダナ。今ハ、トテモ気分ガイイ。」


「そりゃあよかった。外に連れ出した甲斐があったってもんだよ。」


そう言って老女は笑った後、ふと思い出したように問い掛ける。


「そういや、この子に名前は付けたのかい?」


「名前……イヤ、マダダ。」


「それじゃあ、名前をつけてあげなきゃね。いつまでも”ななしのごんべぇ”じゃ
可哀想だよ。」
 


『名前、か。』


その手に抱いた子を見ながら、少し考えてみる。


今思えばこの子がきっかけで、あの男と出会い、今もこうして
人間と一緒に暮らすことが出来ている。


決して交わることがなかった種族同士が、だ。


この子が居たからこそ、種族の垣根を越えて、理解し合えている。


言わばこの子は、我々の一つの道筋なのだ。


そう、一つの道。
 


「道…一道、トイウノハドウダロウ?」


「一つの道と書いて”カズミチ”かい?うん、いい名だよ。」


「一道。今カラオ前ハ、”一道”ダ!」


そう言って子供を高く抱き上げると、それに応える様に
”カズミチ”と名付けられた子供は、嬉しそうに笑っていた。

×

非ログインユーザーとして返信する