おっさん提督の艦これ日誌

艦これメインで、趣味を綴る日誌

おっさん提督のチラシの裏⑭

~forget me not~



14.【時任の過去】


人にはそれぞれ、他人に言えない事や知られたくない、触れて欲しくない事が
一つや二つあってもおかしくはない。


先程時雨が話してくれた内容は、本来ならば『触れて欲しくない』部分であっただろう。


好意などは無くとも、心の奥底では信用していた…いや、
信用しようとしていた者から裏切られ、結果として姉妹艦が行方不明になったのだ。


にも拘らず、出会ってから間もない時任に件の事を話したと言うのは
時雨にとって思うところや、具体的には分からずとも少なからず
”信用できる”部分があったのだろう。


もっともそれは時任にとっても同じ事である。


谷崎は時任の話を聞いて、受け入れてくれただけでなくサポートもしてくれているが
果たして艦娘はどうだろうか?


何の実績もなく、ぽっと出の将校の言う事など聞き入れては貰えないのではないか?
実戦にも出ず、安全な場所から指示を出しているだけの人間が何を甘い事を、
などと思われやしないだろうか?


そんな不安を抱えつつ、短いながらも艦娘たちと接してきたが
今日時雨と接してみて、話を聞いてみて、
その様な考え方は全くのナンセンスだと思った。


時任は自ら歩み寄りもせず、ただ自分の理想を掲げていただけの自分を恥じた。
 


 


「よし、着いた!」
「ここは……。」


時任が時雨を外に連れ出し、向かった先は鎮守府と海が一望出来る小高い丘であった。
 


「ここから周りを眺めていると、気持ちが落ち着くんだよ。」
「うん、そうだね。僕もこの場所は好きだよ。」


時任は、時雨の返答を聞き満足そうに笑みを浮かべた後、何かを探すように
辺りを見渡し始めた。


「大尉?何か落し物?」
「ん……ちょっと、ね。あ、あったあった!」
 


そう言って時任が指し示した場所には、沢山の青い花をつけた植物が並んでいた。


初めのうちは、何の事なのか理解できなかった時雨だが、
その植物を眺めている時任を見て、彼にとって何か特別なものである事は理解出来た。


何故ならその植物を眺めている時任の表情は、今まで見た事がない
何かを懐かしむような、無邪気な表情をしていたからだ。


『ふ~ん。大尉もこんな表情をするんだ。』


その植物自体にそれ程興味を引かれた訳ではないが、
時任にあんな表情をさせるものとは一体どんなものなのか?
その事に興味を引かれた時雨は、無邪気な表情をしたままの時任に話しかける。
 


「大尉、その植物は?」
「あぁ、ごめん。つい懐かしくてね。これはね、”勿忘草”って言うんだ。」
「ワスレナグサ?へぇ~、綺麗な花がついてるのに草なの?」
「いや、そこを突っ込まれても学者じゃないから分からないよ。」


そう言って苦笑いした後、時任は時雨のほうを向き話し始めた。


「この植物……いや、もう花でいいか。この花はね、俺を育ててくれた人が
大好きだった花なんだよ。ちなみに花言葉は、”真実の友情”、”私を忘れないで”
って言うんだ。」


「その人って言うのは大尉の恩人か何か?」


「いや、そのままの意味だよ。俺はまだ生まれて間もない頃、
この戦争で両親をを亡くしてね。
所謂、戦災孤児ってやつだったんだ。


でも、ある人が母親代わりになってくれたんだ。」


「そう、だったんだ。ごめん、嫌な事聞いたね。」
あまりに無神経に聞いたと思ったのか、時雨はばつの悪そうな表情をしていたが
時任は意に介さずといった様子で、笑いながら答える。


「もう昔の事だし、大丈夫だよ。それに下手に詮索されて、自分から話すよりも先に
知られる事の方が嫌だったから、時雨には話しておきたくてね。」


時雨は時任の言葉を聞いて、安堵の表情を浮かべる。
それと同時に、自分を特別扱いしてくれている事にも、心地よさを感じていた。


たとえそれが、自分が秘書艦であるからだとしても、悪い気分ではない。
自分の事を少しでも信頼・信用してくれている証なのだ。
そう自分に言い聞かせた。


でも、何故急に大尉は身の上話を始めたのだろうか?
その疑問を解消すべく、時雨は時任に改めて問い掛ける。


「でも大尉、どうして急に自分の事を話してくれたの?」
「うん……。さっき、時雨の話を聞いたって言うのもあるけれど……
上手く言えないな。なんでだろう?」
「なんだいそれ。」


思わず吹き出した時雨を見て、時任も釣られて笑い出す。


「多分俺の事、俺の考えている事をもっと良く知って貰いたくなったんだよ。
性格とかじゃなく、これから君たち艦娘が、俺という人間が
信用するに足るかどうかをね。」


「そんな…大尉はもう、たった数日間かもしれないけど、
皆とも上手くやっているじゃないか。
……少なくとも僕はそう思っているよ?」


ありがとう。
そう言って時任は笑顔を見せるが、直ぐに真面目な表情で
意外な言葉を発した。
 


「時雨、君は深海棲艦たちが憎いか?」
 


時任の言葉を聞いた時雨は、自分の耳を疑った。
 


『深海棲艦たちが憎いか?』


そんなの、自分たちの敵じゃないか。
何故、今更そんな事を聞くんだろう?


いや、それ以前にそんな事を聞く意図が分からない。


困惑した表情を浮かべている時雨を見て、時任は慌てて言葉を付け足す。


「あぁいや、ごめん。唐突過ぎたか。別に俺は深海棲艦側の人間でもなければ
全面的に擁護する訳でもない。そこは誤解をしないで欲しいんだ。」


時任はそう言って説明してくれたが、時雨の方はいまいちすっきりとしない。


少しの間、二人の間に気まずい空気が流れていたが、その空気を断ち切るように
時任が話を始める。


「時雨、これから話す事は俺にとって、とても大事な事なんだ。
でも、これを話す事によって、君たち艦娘に大変な思いをさせてしまうかもしれない。


ただ、これは俺一人の力だけでは成し遂げることが出来ないものなんだよ。」
 


これは何かの謎掛けの類なのだろうか?
それとも、自分は何かを試されているのだろうか?
時雨は、時任の真意を測りかねていたが、取り敢えずは話を聞いてみる事にした。


「ごめん、大尉。僕には何だか難しすぎて理解できそうに無いや。
兎に角、詳しく話してもらえないかな?」


「あぁ。じゃあまずはこれを見て欲しいんだ。俺の幼い頃の写真だよ。」


そう言って時任は、内ポケットから1枚の写真を取り出し
時雨に見せた。


「えっ?た、大尉、これってまさか……」
「まぁ、そういう反応だよな、普通に考えれば。でもそれは合成でもなんでもなく
本物の写真だよ。」
 


時任が時雨に見せた写真には、一人の幼い子供を抱えた”女性であろう人物”が
写っていた。


「その人が俺の母親代わりになってくれた人。
俺達人間や君たち艦娘が”港湾棲姫”と呼んでいる深海棲艦だ。」


「……そんな……だってありえない、ありえないよ!こんなの!!」


時雨の反応は至極当然なものである。
幼少時とは言え、自身の上官が、敵対している者の腕の中で
安らかな寝顔をしている写真を見せられたのだ。


「ありえない……か。」


時雨の反応を見て、少し寂しそうな表情をした時任だが話を続ける。


「今の情勢を考えればそう思われても仕方が無いと思う。
でも、これだけは信じて欲しい。
さっきも言ったけど、俺は深海棲艦の仲間でもないし、
君たち艦娘を騙している訳じゃない。


ただ、戦う理由が他の人間と違うだけなんだ……。」


「……戦う、理由?」


「そう、俺が戦う理由だ。それを知ってもらいたくて、
自分と言う人間を理解して貰いたくて
話をしようと思ったんだ。」


「……冗談とかではないんだよね?」
「勿論!こんな事を冗談でも言える訳がないじゃないか。」
 


表情や話し方から見ても、時任が冗談を言っているようには見えない。
彼の幼少期に、何かしら深い事情があったのだろう。


ならば、大尉の事を信じると決めた自分のする事は一つではないか。
 


時雨は大きく深呼吸をした後、じっと時任の目を見つめ、こう伝えた。


「うん、分かったよ。僕はもう大尉を信じるって決めたから。
だから、何でも話してよ。」
 


迷いなど無い。
そう訴えかける様な眼差しを自分に向けている時雨を見て
時任は安堵した。


「そう言ってくれると助かるよ。有難う。
それじゃあ、その人と出会ったきっかけから話をしようか。」


そう言って、時任は自身の母親代わりとなった”港湾棲姫”との出会いについて
話し始めた。


流石に生まれて間もない頃の記憶など覚えている訳もなく、祖母から伝え聞いた
と、いう前置きを入れて。

×

非ログインユーザーとして返信する