おっさん提督の艦これ日誌

艦これメインで、趣味を綴る日誌

おっさん提督のチラシの裏⑬

~forget me not~



13.【裏切り】


『……ここは、どこだろう。』


暗く、そして寒い。
 


ただ周りに何も無い所で、一人立っている事だけはわかる。
 


『僕はここで何をしているんだろう……?』


分からない。
 


少しだけ歩いてみる。


地上でも海上でもなく、体がふわふわ浮いているような、何か変な感じ。


 


更に歩いてみる。


今度は目の前に明かりが見えた。
一つ、二つ、三つ……いや、とにかくたくさんの明かりがあるようだ。


ただ点いては消え、点いては消えと繰り返し、色や大きさも様々だ。
 


『あれは一体なんだろう?』


無数の光の点滅に惹かれ、更に近づき手を伸ばせば触れられそうな距離まで来てみた。


『触れる……のかな?』


恐る恐る手を伸ばし、光に触れてみる。
 


時雨の手が光に触れた次の瞬間、金属が擦れ合う様な、不快で大きな音が耳元で鳴り響き
思わず両手で耳を塞ぐ。


『っ!?何?これ?』
 


その不快で大きな音は暫く続いていたが、周囲の光の消滅と共に消えた。


『・・さ・。』


何か声のようなものが聞こえる。
何だろう?


耳を澄ませ、周囲を見渡してみる。


『時・・さん……』


「この声、春雨?どこ?どこにいるの?」
声が聞こえる方を見ると、暗闇の中に春雨が一人で立っている。


『ここです。時雨姉さん。』
「春雨!ここは一体……」


姉妹艦を見つけ、そこに向かおうとするが辿りつけない。
歩いても、走ってもその下へ辿りつけない。


目の前にいるのに
直ぐ側にいるのに
どうして……


次第に春雨の体が闇に覆われ始める。


「待ってよ春雨!行かないで!」


必死に手を伸ばしても、その手は彼女の元までは届かない。


「嫌だ、嫌だよ……」


そして哀しい表情をしたまま、彼女は闇に包まれてしまった。
 


 


「春雨っ!!!」
 


自身の声で、目が覚める。


「夢……か。ここは?」


「治療施設の中じゃ。ぶち魘されとったけど、悪い夢でも見とったの?」


体中に包帯が巻かれ、痛々しそうな見た目をした浦風が声を掛けてきた。


「夢……うん。そ、そうだ他のみんなは?無事なの?」
「……うちはご覧の通りじゃ。暁・電・白露の3人も大破してたけど
皆無事で、違う部屋で休んどるよ。」


そう言って、時雨に現状を説明した浦風であったが、その表情はどこか暗く
申し訳なさそうに思えた。


「そう、か。よかった。それで、春雨は?無事なんだよね?
もう、びっくりだよね。あんな無茶するなんてね。後できつく言っておかなきゃ。」


しかし、時雨からの問いには答えが返ってこない。
浦風は、ただ黙って俯いたままだ。


「あ、そうか。浦風は昨日の戦闘中、少し言い合いになったから気まずいのかな?
あの娘はちょっと引っ込み思案な所があるからね。僕からも言っておくから
許してあげてよ、ね?」


再度の時雨からの問いにも、浦風は俯いたまま顔をあげようとしない。
心なしか、体が震えているようにも見えた。


「……浦風?」


「……これを。」


そう言って浦風は、所々焼け焦げがある白い帽子を時雨に差し出す。
「え?これって春雨の帽子、だよね。もしかして、喧嘩したから渡しづらいの?
じゃあ、後で僕が」


「違うんじゃ!」
「違うって、何が?」


「これはな、時雨がまだ寝とった時に山城さんが”時雨が起きたら渡しておいて”って
持ってきたものなんじゃ。」


「……え?それってどういう」


「昨日の戦闘、山城さんたちが援護に来てくれたじゃろう?その後、海域を離脱する際に
海上に浮かんでいたのを拾うてくれたんじゃって。」
 


嫌だ。


 


「あれだけ囲まれていた事もあって、離脱する事を最優先にしとったから……」


 


やめてよ…聞きたくない…その先は言わないでよ。


 


「春雨本人を、見つけることは出来んかったって……」


 


「嘘だっ!!!そんな事、ある訳ないよ!」
 


「……ごめん。う、うちが大破してなかっ……たら……。」


涙ぐみながら謝罪の言葉を口にする浦風を見て、思わず大声を出してしまった事を
時雨も後悔する。


「僕の方こそ、大きな声を出してごめん。浦風のせいじゃないよ。
責任は、旗艦の僕にある。」


そう。
他のみんなが責任を感じることは無い。
撤退の選択をしなかった、僕の責任なんだから。


何も無ければ、無事だった事をみんなで祝いたかった。
道中の言い争いなど、笑い話にしながら。
でも、今はそれが出来ない。
出来るはずも無い。


「少し、外の空気を吸ってくるよ。」


目の奥から熱いものが溢れて来るのを感じた時雨は、
それを誤魔化すかのように部屋を出て行った。
今のこの気持ちのままあの部屋に居続けたら、感情を爆発させそうで怖かったのだ。
 


暫くの間、様々な思いを抱えたまま歩き続け
気がつけば海岸沿いまで来て、浜辺に腰を下ろし海を眺めていた。


「もう起きても大丈夫なの?」


不意に掛けられた声のほうを見ると、山城が心配そうに見つめていた。


「山城……。うん、多分、大丈夫だと思う。」
「多分て、アンタねぇ。」


時雨の曖昧な返答に、一瞬呆れた表情をしたものの
同じ様に腰を下ろし、時雨と一緒に海を眺め始めた。


「あぁそうだ、まだお礼を言ってなかったね。昨日は助けてくれてありがとう。」
「……別に、なんて事ないわよ、あのくらい。」


愛想の無いように思えるが、時雨にとってはいつもの事であり
それが心地よくも思える。


「そうそう、聞いてよ。昨日の戦闘でね、春雨が凄く頑張ってたんだよ。」
春雨の名前を聞いた途端、山城の表情が少し暗くなる。


「でね、姉としては凄く嬉しかったんだけど、少し無茶が過ぎる所もあってさ。」
「……。」


「全く、僕を庇って囮になるなんて想像もしてなかったから、本当にびっくりしてさ。」
「時雨、あのね…」


「だ、だか……ら、あ、あとで、き……つく言って、おかなきゃ、ね。」


溢れる涙を必死に抑えようとしている時雨を、扶桑は優しく抱きしめ
諭すように語り掛ける。


「な、何?どうし」


「アンタは良くやったわよ、時雨。でも、一人で抱え込むのも強がるのも悪い癖。
泣きたい時があれば泣けばいいじゃない。胸くらい貸してあげるわよ。」


「うぅ、うわぁぁぁぁっ……!」
 


掛けられた優しい言葉に、時雨はそれまで抑えていた感情を爆発させ
扶桑の腕の中で暫く泣き続けていた。
 


 


 


 


それから数日経ちすっかり傷も癒えた頃、時雨は神保に渡しておきたいものがあり
提督室へ向かっていた。
渡したい物、それは春雨の帽子だ。
しかし生憎提督室にはおらず、工廠へ行っているとの事で改めてそちらへ向かう


『やっぱり、これは僕より提督がもっている方がいいよね。
受け取って、くれるかな?』


そんなことを考えながら神保の元へ向かっていると、数人の将校らしき軍人が
こちらに歩いてくるのが見えた。


例にならい、敬礼をしつつ脇に立っている時雨の前を将校達が通り過ぎようとした時
一人の軍人から声を掛けられる。


「ご苦労さん。君は?」
「神保提督麾下、駆逐艦時雨です。」
「そうか、君が。大変な戦闘だったようだね。」
「……いえ。任務ですから。」


すると、声を掛けてきた将校の上官らしき軍人からも声を掛けられるが
言葉を聞いた時雨は、自分の耳を疑った。


「お陰で俺たちの仕事も上手くいったからなぁ。まぁ、お前らの被害も
”駆逐艦だけですんだんだから、たいした損害じゃあ無いだろう?”」


『大した損害じゃ、ない?』


その言葉に、全身の毛が逆立つ様な怒りを覚えるが、ここで神保の立場を危うくするのは
良くない。そう考え直し、努めて冷静に反論をする。


「確かに主戦力である戦艦などと比べれば、駆逐艦の損害など
微々たるものかもしれません。
ですが、僚艦が行方不明になった事は、心苦しいです。」


「はぁ?行方不明?沈んだと聞いたが?」
「沈んでなんかいない!」


思わず大声を上げてしまい慌てて口に手をやるが、時既に遅く、
将校の顔はみるみる紅潮し、明らかに怒りの相が見て取れた。


「あ~ん?なんだぁその態度は!」
「まぁまぁ中将殿、その辺で。」


 


「大体よぉ、今回の件はこいつらの指揮官が言い出した事だぞ?」


 


ドクン……。
自身の鼓動が大きくなるのを感じた時雨は、将校に問う。


「えっ?それはどういう事?」


「なんだぁ?知らんのか?まぁ別に話してしまってもいいか。
お前らの指揮官はな、自分の出世の為、大本営に栄転する為に
お前達を利用したんだよ。」


「う、嘘……。」


「嘘なものかよ。だから現にこうして、後任としてこの谷崎少将が来ている。」


「そんな、そんな事信じられるもんか!」


興奮のあまり、敬語を使うことも忘れてしまった時雨を見て、
面倒くさそうな表情をしながらも説明を始めた。
 


「あのな、お前達の戦闘があった直ぐ後に大規模な作戦が展開されて、
俺たちは勝利したの!。
お前達の部隊を陽動、つまり囮として使ってな。」
 


囮?
それじゃあ、任務自体もでまかせ?


「敵の編成がちいっとばかし面倒だったからな。敵さんには
少し違う方角を向いて貰ったという訳さ。」
 


そんな、それじゃあ春雨は何のために……。
 


「まぁ、はじめは難色を示していたようだが、
栄転の話を持ち掛けたら二つ返事だったようだがな。」


「嘘だ、そんな訳有るわけが」
「面倒くせぇなぁ…じゃあ、本人に聞いてみればいいだろ~?」


確かにその通りだ。


時雨は直ぐさまその場を離れ、一目散に工廠を目指して走り出した。
 


「中将殿、何もここでする話ではなかったのでは?」
「はっ!お前は相変わらず甘いねぇ…。艦娘なんて所詮道具だろうがよ。」
「……道具、ねぇ。」
「さっさと行くぞ~!」
「はいはい。」


 


そんな、そんな訳有るわけが無い。
 


『よく、頑張ったな。』
あの時はそう言って褒めてくれたのに。
 


『無事に帰ってきてくれて、有難う。』
優しい言葉も掛けてくれたじゃ無いか。


それなのに、なんで、どうして!
 


工廠に辿り着いた時雨は、急いで神保を探し始める。


いた!
どうやら明石、龍驤と三人で話し込んでいるようだ。


「時雨?どうしたそんなに慌てて。」
息を切らしながらこちらに向かってくる時雨を見て、神保が声を掛ける。
明石と龍驤も何事かと様子を伺っている。


落ち着け。
まずは冷静に。


そう自分に言い聞かせ、時雨は話し始める。


「提督、聞きたい事があるんだけど。いいかな?」
「何だ一体、藪から棒に。」
「先日の戦闘で、僕たちを囮に使ったっていうのは本当なの?」


出来れば否定して欲しい。
いや、否定してくれるはずだ。
そう思い、意を決して神保に問い掛ける。


「……誰から聞いた?」


神保は表情一つ変えずに、聞き返してきた。


「ちょ、ちょっと時雨、いきなりどないしたん?」


宥めようとしているを龍驤を振り払い、時雨は尚も続ける。


「誰だっていいじゃ無いか。それに聞いているのは僕だよ。」


暫く黙って状況を見ていた神保だが、大きく息を吐いた後立ち上がり
時雨をじっと見据えた。


なんでそんなに堂々としてるの?
そんなに僕たちが邪魔だったの?
優しい言葉で、僕らをだましていたの?
 


「黙ってないで、何とか言ってよ!」
「そうだとしたら、何だ?」


神保の冷酷な言葉に、時雨は一瞬動きが止まる。
「……否定、しないんだね。」


「時雨、あのな」
龍驤が何かを言いかけたが、神保がそれを手で制し、再び時雨を見据える。
「誰から聞いたか知らんが、『作戦』として行ったのは事実だ。」


あぁ、そうか。
結局は、この人も僕たち艦娘を道具としか見ていなかったんだ。
でも、そうだとしても……


「……分ったよ。じゃあ聞くけど、提督の出世の為に、未だ帰ってきていない
春雨の事は、どう思ってるの?」
 


その名前を聞いて神保は、一瞬表情を強ばらせる。
が、しかし、神保の口から出てきた言葉は、時雨の期待したそれではなかった。


「仕方の無い、事だ。」
 


仕方の無い事。
確かに戦時中という事を鑑みれば犠牲は常につきまとうものであり
囮を使った陽動作戦もあり得ない話では無い。
ただ、それを自らの出世の為に使った事、そして神保を慕っていた姉妹艦を
利用した事が許せなかった。


そして…


「提督、貴方には……貴方には本当に、失望したよ。」


そう言って時雨は、身近にあった艤装を装着し、神保へ砲を向けた。
 


 


 


 


~第二会議室内~


「その後は、多分夕張に聞いたとおりだよ。まぁ夕張の事だから、
途中はだいぶ話が盛られていたと思うけどね。」


そう言って時雨は顔を上げ、時任の顔を見据える。
その表情は、全てを出し切った満足感が見て取れた。


互いの信頼関係を構築するのは、容易い物ではない。
しかし、時雨は短期間であるにも拘らず、自分と言う人間・軍人を信じて
自身の事を、辛かったであろう過去の事を話してくれた。


「……大尉?」


思わず難しい顔をしながら考え込んでしまっていたようだ。
心配そうに時雨が時任の顔を覗き込んでいる。


「あ、あぁ、なんでもないよ。
時雨、話してくれて有難う。」


「別に、お礼なんかいらないよ。ただ、僕が聞いてもらいたかっただけだよ。」


ならば自分も、その期待に応えよう。
いや、応えなければならない。
それが今の自分に出来る事だ。


「時雨、少し外の空気を吸いに行こうか?」


「うん。」


そう言って時任は時雨と共に部屋を出た。


自分の事をよりよく知ってもらう為に。

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